2013年05月24日

あるゲームデザイナーの挑戦から考える「ゲームのちから」

震災から2年以上経ちました。
「次は僕らのターンだ」
そう、ゲームデザイナーの澤田典宏(@flatline1218)さんは呼びかけます。

皆さんは「ゲームのちから」と言った時、どのような事を思い浮かべるでしょうか?
ゲーミフィケーションやシリアスゲームといった事例も当然興味深いところですが、「ゲームのちからで世界を変えよう会議」では、ピュアなエンターテイメントとしてのゲームそのものが、心を豊かにしたり、人々の笑顔や、つながりそのものを創りだしたりするのだ、ということにも注目しています。

今回の記事は、まさに「ゲームのちから」が、「震災からの復興というシリアスな課題に対し、人々の心を豊かにできるのか?」という課題に対するあるゲームデザイナーの挑戦の紹介です。

こうした取り組みに対する支援者の思い、被災地の方々の思いを知ったうえで、
「では、自分には何が出来るのか?」「参加者なのか、ゲームを作る側に立つか?」「どう作ればいいのか?」
といったことを自分ごととしてとらえ、考えるということは非常に重要なことではないでしょうか。

今回のイベントの舞台は、宮城県亘理郡山元町。
宮城県と福島県の境にある人口1万3,700人ほどの町です。
2011年の東日本大震災で、町の4割、人の住む地域としては6割にあたる広範囲が津波に襲われました。
沿岸部にあった主要な産業はイチゴ栽培でしたが、9割以上が津波で流されてしまいました。
国の復興支援は少しずつ進んでいますが、唯一の公共交通機関であった鉄道は、まだ復旧に時間がかかる見通しで、津波で損傷した堤防もようやく再設されはじめたばかりです。


(写真)津波で被災した後の常磐線坂元駅。かつてホームだった場所はえぐれ、跨線橋と公衆トイレ以外のものはすべて津波で流された。

また、被災者の一部の方は今も仮設住宅ぐらしを余儀なくされています。
子供たちは元気に暮らしていますが、仮設住宅の壁が薄いこともあって、室内ではなかなか自由に大きな声で遊びづらい状況にあります。

「ストロベリー探偵団」について
そんな山元町の「深山山麓少年の森」で実施された謎解きイベント、「ストロベリー探偵団」。

本イベントは、地元の「子どもも大人もみんなで遊び隊」が主催となり、それに制作者チーム「だいたい」が協力して実現したゲームイベントです。
1~2時間ほどで終わるゲームとなっており、広場中に隠された暗号を集めたり、ミッションをクリアしていく・・・というような形式で展開されますが、子供たちも遊べるような難易度になっています。
遊んでいるうちにいつの間にか、色々な人と話したり、他のイベントの出し物を体験したりという形で、自然とイベントに参加をしていくことができます。

今回のイベントを企画制作している制作者チーム「だいたい」で活動を行っている、ゲームデザイナーの澤田典宏(@flatline1218)さん。
澤田さんは、20年以上ゲームの企画をされています。
過去にデザインしたゲームには「ファントムクラッシュ」「初代熱血硬派くにおくん」などがあります。
現在はIGDA(国際ゲーム開発者協会)日本の、ARG専門部会世話人もされておられます。

そんな澤田さんが、なぜ今回「なぞとけ!ストロベリー探偵団」を山元町で開催することになったのでしょうか。

澤田さんの思い。
澤田さんは、20年以上のあいだ、ゲーム産業でゲーム作りに携わってきました。
直接の被災経験はないものの、いとこが阪神大震災で被災された経験があります。
今回の東日本大震災が起こった直後、
「ゲーム産業に携わる人間として、何かできることはないか――」
そう考えていたものの、ゲームを作っても、機械もなければ、電気も通っていない。
そもそも、ゲームで遊ぶ余裕なんて、ないんじゃないか…
そこには、「娯楽」と「シリアス」のジレンマがありました。
エンターテイメントであるがゆえに、自分たちが手を出せることがない…という、強烈な無力感があったといいます。


(写真:チーム「だいたい」で制作を行う澤田典宏さん)

そこから、今回の「ストロベリー探偵団」を使って、山元町の方同士が繋がれるようなイベントを、現地の「子どもも大人もみんなで遊び隊」に向けて提案したのです。

接点を維持する。
今回の「ストロベリー探偵団」では、大きく分けて二つの目的があります。

ひとつは、普段仮設住宅で暮らしていて壁が薄いなど、様々な理由で大きな声で走り回ることができない子どもたちにも、遊ぶ機会を提供し、地域のつながりを保ちたいということ。

もうひとつが、こうしたイベントを通じて、このような被災地の状況への接点を維持し続けることです。

「震災から2年が過ぎ、被災地への関心は急速に下がっている」というのが澤田さんの実感値です。
そこで、こういったイベントなどを通じて、少しでも現地の情報に触れる機会を設け続けることに意味があると澤田さんは考えています。

確かに、東北以外で暮らしていると、なかなか被災地が現在どうなっているか、などの情報は入りにくくなってきています。その中で、様々な手段で関心度を下げず、日本人にとっての「自分ごと」として考えてもらう、と言うことは非常に重要な課題となっています。

そう考えてみると、地元の方と直接会話をする「きっかけ作り」として、今回の「子どもも大人もみんなで遊び隊」で開催される、「ストロベリー探偵団」のようなゲームイベントを開催することはひとつの支援のあり方といえます。

「子どもも一緒に来ることができる。」
普段は仙台市で勤務している畠山学さんは、休日などを利用して山元町の農園のお手伝いをされています。
そんな畠山さんが、今回山元町に家族と訪れたのは、「子どもも大人もみんなで遊び隊」のイベントがあったから。
今回のようなイベントについては、
「自分の場合、どうしても家族をすっ飛ばしていくということがしづらいが、子供を連れて来られるこういうイベントは良い。すごく、楽しませてもらっています」
「被災地ではこれから生活再建や何よりも「生きていく楽しみ」が無いと、本当の意味での復興は成し遂げられないと思っております。そういった意味でも、ゲームを含む「楽しみ」を提供できるのは、むしろこれからで、「必要な局面に必要な人が入ること」の重要性を感じております」
と、ストロベリー探偵団のゲームに使う用紙を片手に笑顔で語られていました。


(写真:畠山学さん)

「ゲームのちからで、コミュニティのつながりを強くしよう。」
山元町の中学校で校長をしておられた渡辺修次さんは、今回のイベントを「融合型」活動と表現します。
今回のイベントは、澤田さんのような支援団体や個人が集まり、地元の人々がもともと行なっている活動とコラボレーションすることで実現したイベントです。

支援の取り組みについて渡辺さんは、「持っているノウハウを最大限に地域で活かしてもらうこと」が望ましいと言います。
例えばコミュニケーション能力を育てるノウハウを持っている会社であれば、面接指導だとか、食のノウハウを持っている方なら、食べ方や料理教室、またはPCに強ければ、PC教室など・・・といったあらゆる支援の可能性があります。
「地元の方は、生活にいっぱいいっぱい。だから、こうした個々の持てるノウハウ自体を生かし続ければ継続的な実施ができます。お金になったら、きずなはいつか消えてしまう」

現地の人も、支援する人も、「融合型」でどちらも成就感を味わうような内容にすることを、渡辺さんは呼びかけておられます。


(写真:渡辺修次さん)

今回澤田さんが企画されたイベントについても、「必要なイベントです」という渡辺さん。
「みんなバラバラに生活している中で、イベントを実施すればみんなの顔が見られるでしょう。昔の話も、今どうしているかという話もできます。そうしたつながり、笑顔そのものが、地域の教育にもプラスになってきます」
「子どもたちと大人の絆や、心の癒しという側面からは、行政は入りにくい。絆を深めるには、地域のコミュニティを活発にすること。避難所でも、仮設住宅でも、コミュニティがあるところは活発になります。」

「コミュニティは、地域で自分たちで作るもの」という渡辺さんの観点からは、やはり先ほど述べた「融合型」活動のかたちで、地域のコミュニティを地元の方が主体となって盛り上げていく中で、その支援として様々なノウハウが生かされていく形が望ましいのではないでしょうか。

大人の遊び心がなければ、子どもは成長しないんです。」と語る渡辺さんは、校長時代から校長室の前の廊下にパズルや、チェス、将棋などあらゆるゲームを使って、考えること、頭をつかうことを遊びの中で学び、好きになってもらおうとしていたと言います。
今回のイベントも、地域の方々や、子どもと大人のつながり自体を活発化させ、それ自体を好きになるためにゲームが使われていたという印象でした。


(写真)地元の名産は今も昔も、いちご。現在は、ミガキイチゴ(http://www.migaki-ichigo.jp/)というブランド品の栽培に取り組む。当日はいちごを使った餅づくりの体験イベントも行われていた

「子どもも大人も、本気で遊び、関係性を深める。」
実はこの「子どもも大人もみんなで遊び隊」は、すでに2003年から活動されている団体とのこと。
山元町の中央公民館内にある生涯学習課が主催し、
「大人が真剣に遊んでいる姿を子どもに見せる」ことで、家庭・地域・学校が連携・協働して子どもを育てる環境をつくる、という趣旨で始まったイベントです。
企画・運営を担当する吉田和子さんにお話を伺いました。


(写真:「子どもも大人もみんなで遊び隊」の吉田和子さん)

震災のあった2011年にも、7月にイベント開催が予定されていたそうです。実施するかどうか、迷ったそうです。
しかし、「こういう時だからやろう」ということで、渡辺さんらの協力も得て、避難先であった山下中学校でイベントを開催したそうです。
結果的には支援の申し出が多く、7月に続き、9月、12月と開催されましたが、
「いずれ、元に戻していこう。自分たちの手の届く範囲で。」と吉田さんは考えています。
「支援してくださる方が多かったから、何回もイベントを行えました。このイベントを行うのは、力を貸してくださった方への、お礼という意味もあります。ただ、大規模に、何回もというのは、私たちの望むものではありません。自分たちが主体となって運営し、自分たちの手の届く範囲のことをやる、というのが大切だと感じています。」

震災を振り返って、
「子供の頃から大人とふれ合いを持つことで、地域の関係が出来ていくのだとわかった」という、吉田さん。
「子どもも大人も、本気で遊ぶ」ということを通じて、初めてお互いをさらけ出して、関係性が深まる。こうした遊びをコンセプトにしたイベントを2003年から続けて実施しているという継続性も含め、考えさせられるポイントです。

継続、積み重ねのために。
澤田さんは、あくまでゲームは「きっかけにすぎない」とおっしゃっています。
「エンターテイメントだからこそ、まずは純粋に楽しんでもらうのが大事だ」と。
今回のゲームのようなイベント自体は純粋に楽しんでもらい、そこから生まれるつながりや思い出を大切にする。
そうしたことの、きっかけ作りとしてのゲームならば、シンプルなもののほうがむしろ良いかもしれません。

そんな試みの一つとして、イベントの中にゲームを取り入れて、楽しく現地の方とコミュニケーションでき、お互いのことを知るきっかけの一つになるならば、それが「ゲームのちから」なのではないかな、と思います。

今後の展開
今回の山元町でのイベントの関係者の方々から出てきたキーワードは、「積み重ね」でした。

澤田さんも、「一番怖いのは、一発で終わってしまうこと」と語ります。
地元の方が必要とされるタイミングがあれば、継続的にこうした謎解きイベントなどでの支援が出来るように。

今回のようなイベント開催、ゲーム自体を作るのは難しいのではないか・・・と思えるところですが、「作り方さえ分かれば、簡単なゲームは作れる」と澤田さんは言います。

今回のストロベリー探偵団を一つのケースとして、ノウハウを他の地域でも生かし、また澤田さんやチーム「だいたい」にとどまらず、もっと多くの人にこうした活動を、継続的に行なってほしいと澤田さんは考えています。

また今回のイベントについて、また別の視点から、ICJのブログでも配信をしていただいています。
ご興味あれば、こちらから記事を見て頂ければと思います。

 

 

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