2013年10月6日

二次創作と物語、ゲーム性、課金…艦これプレイヤーたちが語りつくした「艦これ会議」(前編)

今や旬のコンテンツとなった「艦隊これくしょん -艦これ-」を語る時、欠かせないものが幾つかある。

一つはソーシャルゲームとの対比で話題に上る「課金の必要性の強弱」だ。
二つ目に、艦これの「ゲームとしての面白さ」
そして最後に、二次創作の盛り上がりが象徴するような、「語られるコンテンツとしての魅力」だ。

今回「艦これ会議」と題し、ゲームシステムとコンテンツの関係について研究を行っている@tricken氏ら艦これプレイヤー同士で会話をする中で、最も話題に上ったのは、二次創作周りの盛り上がりを含めた、「語られるコンテンツ」としての艦これの魅力だ。特に、「語られるコンテンツ」にゲームシステムが影響を与えているという観点から艦これについて考えた記事はなかなかWeb上で見ることができないが、興味深いテーマだと思われるので、今回から二回にわたり掲載してみたい。

今回の参加者

・とりっくん:ゲーマーズコミュニティにおいて観察される記号作用や相互作用過程についての理論研究を行っている。研究上の専門は社会学、ゲーマー的な専門は会話型ロールプレイング・ゲーム。
・porologue:学生時代から、ゲームの物語性や、フリーゲーム・インディーズゲームの研究を行う。
・椿かすみ:PCでネトゲ、スマホでソシャゲ、ゲーセンで音ゲと、ゲーム三昧の生活を送る。
・Noah:元ネトゲプレイヤー、現在はモバマスと艦これなどを主にプレイ。ゲームが社会や文化に与える良い影響について考えている。

艦これの「ストーリー」と二次創作

Noah
艦これの特徴のひとつが、なんといっても二次創作をふくめた広がりですよね。特にPixivなどでの二次創作コンテンツはかなりの規模に育ってきています。
とりっくん
艦これの二次創作は様々な解釈があって、面白いですね。特に、公式では明らかにされていない設定――例えば、「艦娘」「提督」「深海棲艦」とはそれぞれどのような存在なのか? という疑問が、ユーザー側での二次創作、n次創作に多様な解釈の余地を生んでいます。
Noah
ストーリーや設定の足りない部分を、二次創作で補っていくと。
とりっくん
艦娘の存在一つとっても、様々な解釈がありますよね。一つは、「艦娘という存在は司令官側の主観的な知覚に過ぎず、実際には艦船が戦っているだけ」という「妄想説」。2つ目は「巨娘説」。艦娘自体が、武装化された数百m級の巨娘なんですね。ウルトラマンとかエヴァ風に赤城自身が出撃すると。例えばこの作品なんかがそうです。

巨娘説。もう一つ興味深いのは、隼鷹は持っている巻物から「陰陽型」などと艦娘ごとに攻撃タイプに設定がなされていること。

とりっくん
3つ目は、等身大の女の子が海の上で戦っているという説ですね。
porologue
Pixivにあった、この作品などですね。

沈んでしまった艦の魂が深海棲艦となる設定

とりっくん
解釈については、どれも統一見解になっていない中で、先日のシステム・アップデートがあり、「かばう」システムが出てきました。もしも艦娘がリアルの艦船だと、「かばう」という動きが、まあもちろん作戦行動として可能だと言えなくもないんですが、ちょっと想定しづらいわけですよ。となると、「艦娘は艦船ではなく生身の体を持っているという設定の方が絵になるんではないか……?」などという風に、仕様がアップデートされるたび、ゲームシステムで表現される世界で実際なにが起きているのかについての解釈の変化が起きたりするんですよね(笑)。
Noah
なるほど。
とりっくん
勝手にこちらが「多分こういうことなんじゃないかな」という風に解釈するためのパーツが艦これには揃っている。これは、艦これの運営が図らずもコンテンツ面でうまく行っている部分の一つかなと思います。単に出し惜しみしているだけではなくて(笑)、設定の“フック”のみで受け手に語らしめる方向に舵を切れたと。
porologue
艦これの場合はゲームの中にストーリーがない代わりに、「かばう」「解体」や「近代化改修」のような、ゲームシステム自体が二次創作へのモチベーションになっているんですね。
Noah
1日1ずつレベルアップする五十鈴botとか。五十鈴がLv12になって改造され、電探をもぎ取られて近代化改修されていく・・・というちょっとブラックな「物語」も、まさにそうしたゲームの中のシステムがフックとなって生まれたものですね。
とりっくん
あくまで結果的にですが、こういった「謎解き」みたいな要素――「高機動幻想ガンパレード・マーチ」の副次コンテンツとしての「GPM23」(※)や、その後同人ノベルゲームで人気となった『ひぐらしのなく頃に』に共通するような「設定考証ゲーム」とでもいうようなジャンルに、艦これの消費のされ方は踏み込んできているのかもしれません。もちろん、現状は「真の世界設定」のようなものが一意にあるわけではなさそうで、わりとユルめの解釈が許されているようですけどね。

(※)『GPM23』:学徒兵SFシミュレーションゲーム『高機動幻想ガンパレードマーチ』(アルファシステム社, 2000年09月発売)の設定を利用して、アルファシステム社の公式サイト掲示板において実施された設定謎解きゲームのこと。「世界の謎」の存在自体はすでにゲームソフト同梱のマニュアル内に示唆されており、今で言うところの代替現実ゲーム(Alternative Reality Games; ARG)の走りのような密かな仕掛けが先行してばらまかれていた。この掲示板ゲームをきっかけに『ガンパレ』のマニアになったファンも少なくない。ゲーム運営の一部始終はアルファシステム社の社史本『アルファ・システムサーガ』(樹想社, 2004年)にて詳しい解説がある。

同じ艦二隻をどう解釈するか?

椿かすみ
艦娘の解釈といえば、「同じ艦二隻」がいるというのはどう解釈したら良いんでしょう。例えばグリマス(『アイドルマスター ミリオンライブ!』)では、その問題を「アイドルたちの宣材写真を集めているだけなので、同じアイドルの写真が二枚あってもおかしくない」という風に補っています。
Noah
グリマスはそんな感じの設定が出てきて、なるほどねーと思った覚えがあります。一方、モバマス(『アイドルマスター シンデレラガールズ』)の場合はどう解釈するか悩ましいですよね。「特訓」は同じアイドルのカード2枚を合成する仕様ですが、「特訓で自分自身と向きあおう!」という形で一応の説明がされている一方、アイドルのレベルを上げるために行う「レッスン」はなぜか、レッスン相手のアイドルたちはどこかに消えてしまうわけで…これをネタにした二次創作はいくつか見ました。
とりっくん
ソシャゲの場合、合成に関するシステム側からの説明はない場合が多いですからね。
Noah
初風は、「提督さんにとって私は何人目の私かしら?」って、ちょっとメタな発言をするんですよね・・・。公式もそうした二隻目問題について、意識はしているんだとは思いますが、今のところ明確な答えはないですね。


        「提督さんにとって私は何人目の私かしら?」もっとも初風はそんなに出ない。

とりっくん
そうした問題に対する一つの回答になるものとして、艦これの二次創作では、例えば「ちびキャラ」として二体目以降を描いたものがありますね。

五十鈴のもとにもう一人の五十鈴が現れるが、造形は同じではなく明確に区別がされている。

Noah
一号と二号で造形を違えることで、一つ一つの艦に違いをもたせているわけですね。二次創作でこのように解釈が与えられるというのはなかなか奥深いなー。それだけ艦娘の解釈は面白いわけですね。

外部参照型コンテンツとしての「艦これ」――Wikipediaのない世界で艦これは流行らない

Noah
アイドルマスターや東方などもそうかもしれませんが、最近の流行ったコンテンツには、ユーザーが二次創作で物語や文化が作り上げられる側面がありますね。中でも艦これには「ゼロ次創作」として史実があるということは大きな特徴かな、と。例えば、ゲーム中では阿武隈が北上を苦手にしていますが、これは「阿武隈と北上は演習中に衝突事故を起こした」という史実―ゼロ次創作があり、それを艦これが採用したわけですよね。


      阿武隈北上のジャンルは地味にPixivで人気だったりする。アンソロにもネタがあった。
      大体北上さんはクラスの女の子にちょっかい出す男子みたいな位置づけ。

とりっくん
外部知識を参照するタイプのコンテンツという文脈では、TYPE-MOON『Fate/StayNight』や光栄の『三國無双』、あるいは平野耕太『ドリフターズ』など、史実や伝説のキャラクターにスーパーヒーロー的な大立回りをさせる趣向の延長線上にあるんですよね。そういう意味では、「GoogleやWikipediaの存在しない世界で艦これは流行らない」のかもしれませんね。
porologue
つまり、Wikipediaなど史実を解説しているソースが見つからないと、参照されるコストが高くなってしまって、元ネタにたどり着かないと。
とりっくん
或いは、雑学レベルの知識ならオタクならだれでもアクセスできて、もはや逸脱したキャラ料理の仕方が主要トピックになってきている、とも言えますね。「この娘たち何だろう?」と思って「赤城」と検索した時、Wikipediaやミリヲタのファンサイトに轟沈の過程が詳しく出てくる、そのギャップが驚きになるわけです。Fateとかも、元ネタになる神話を調べようと思ったら『Truth In Fantasy(※)』などがすぐに見つかるようになっている。外部知識を参照させることを前提に荒唐無稽な解釈をあてがう作劇法というのが、ここ10年ぐらいの日本のオタクコンテンツ業界では盛んに使われるようになっているのではないかとも見なせるわけです。もちろんこうした手法の起源を文化史的に厳密に遡ろうと思えばキリがないわけですが、わかりやすく全面化しているとは感じますね。そういう流れの末端のひとつに、艦これは位置しているんじゃないかな。

(※)Truth In Fantasy:ファンタジーの分野で題材に使われる様々な要素を、実在の神話・伝承・歴史などから調査し紹介するダイジェスト版資料本のシリーズのこと(新紀元社より発行)→日本神話―神々の壮麗なるドラマ (Truth In Fantasy)

艦これは疲れたソーシャルゲーマーの「野戦病院」?

Noah
艦これのゲーム性についても語ってみたいところです。自分はモバマスもやっているのですが、ソシャゲのゲーム性は、従来のコンシューマゲームと比べるとかなりシンプルですよね。どちらかと言うと、ウェブサービスにゲーム性をもたせた、という位置づけです。もう少しゲームの側面が強くてもいいな、と思ってきたところに艦これがあった。艦これも一般的なコンシューマゲームとくらべて複雑なゲームではないと思いますが、ちょうど、甘いものを食べ疲れて塩味を食べたいときに、あまり塩辛くもなく、ちょうどいい塩味があったという感じかなと思っています。
椿かすみ
インターフェースがガラケーの時代から、ソシャゲは基本的にはクリックゲーとして楽しまれてきたと思います。でも、「課金しただけ」「押すだけ」じゃつまらない…となって、達成感を求めた結果、パズドラ、黒猫のウィズと進化してきたのかな、と思います。艦これも、課金疲れ、クリック疲れされた方が移動してきたというか。
とりっくん
収容されてきたというか(笑) 艦これは疲れたソシャゲーマーたちの野戦病院か……。まあ僕の場合は、ソーシャルゲームにはほとんどハマっていない状態からいきなり入ったクチなので、ちょっと違うのですけれども。


この後、さらに艦これの「ゲーム性」について踏み込んでいきます。

後編UPしました!
艦これのゲームデザインと未来…艦これプレイヤーたちが語りつくした「艦これ会議」(後編)

PAGE TOP